CDIメディカル サポーターシリーズ 第三回網野精一先生「事業再生の特徴と弁護士(プロフェッショナル)の育成・成長」

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~まず、はじめに~

CDIメディカルが持つ「組織の風土・価値観」を皆様に少しでも感じて頂く機会になればという思いで始まった 「CDIメディカル サポーターシリーズ」。

第3回目のゲストは、弊社CDIメディカルの顧問弁護士の網野精一先生です。

網野先生と弊社の宇賀は学生時代からの幼馴染み、同じ歳の言わば気心が知れた間柄でもございます。そういった2人が今回、事業再生とプロフェッショナルの育成・成長をテーマに議論を致しました。普段はなかなか味わうことがない「再生」といった極限の状況やプロフェッショナルの育成・成長はどちらも「人」というものを考えさせられる点での共通項があります。そうした点から、今回のシリーズは企業だけではなく医療機関の皆様においても参考になるのではないでしょうか。どうぞお楽しみ下さい。

【網野精一先生 略歴】

2000年東京大学農学部卒。
2002年司法研究所(第56期)、2003年弁護士登録(第一東京弁護士会)、阿部・井窪・片山法律事務所入所。

倒産・企業再生、知的財産権(特許法、著作権法、不正競争防止法、商標法)、その他企業法務全般を扱っており、特に訴訟を始めとした紛争案件を多く手がける。倒産・企業再生の分野については、現在、東京都中小企業再生支援協議会専門家アドバイザーに登録し、中小企業の事業再生にも精力的に取り組んでいる。また、知的財産権の分野については、特に著作権に関する分野について、出版、映画化等に関する契約についてのアドバイスを始め、訴訟案件にも取り組んでいる。

【宇賀慎一郎 略歴】

関西外国語大学外国語学部卒、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科修了。
ボストンサイエンティフィックジャパン株式会社、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社を経て、2006年CDIメディカルに参画。現在、CDIメディカル最高執行責任者COO。

医療機器メーカーでのキャリアを皮切りにこれまで一貫して医療分野のビジネスに関わり続けている。CDIメディカルへの参画後は、医療や介護分野、更には ヘルスケア分野のコンサルティングを幅広く手掛けている。また、大学病院や自治体病院、民間病院といった医療機関への経営改善や産学連携等においても高い 成果を上げている。特に近年はこれまでに培った医療機関とのネットワークを強みに、異業種企業と医療機関との橋渡しや新規参入支援のコンサルティングを多数手掛け、現場ニーズの明確化や製品化の実現等を通じてコンサルティング成果を積重ねている。

構成

(1)~弁護士という職業を選んだ理由~
(2)~倒産や事業再生を多く手掛けている背景~
(3)~倒産する企業や事業再生に陥る企業の特徴~
(4)~阿部・井窪・片山法律事務所とCDIメディカルの共通点~
(5)~「家族主義」による人材育成~

~弁護士という職業を選んだ理由~

宇賀:そもそも網野先生は、なぜ弁護士になろうと思ったのでしょうか。

網野:弁護士になろうと決めたのは高校生のときです。私の通っていた高校では、2年生のときに文系と理系に分かれるのですが、どちらを選ぶかによってある程度なることのできる職業が決まると思っておりました。例えば、理系に行かなければ医師にはなれないですよね。そこで自分が将来どのような仕事をしようかと考えたときに、やりたいことに一番近いのが弁護士でした。

元々、社会全体の正義を実現したいなどというわけではなく、単に「周りの人がややこしいことに巻き込まれていたら助けてあげたい」という思いがあって、それを職業にできればいいなという感覚がありました。そうやって考えてみると、自分にとって大切な人を助けようと思ったとき、それができる職業は意外と限られていて、例えば健康面であれば医師だし、もう少し影響が大きなものだと政治家とか、特殊な能力が必要な職業なのかなと思いました。そのような中で、汎用性があって、尚且つ個人で問題解決できる力をもっているのは弁護士だと思ったのです。

宇賀:大学の学部を選ぶときにも「弁護士になりやすい」ことを重視して学部を選ばれていましたよね。

網野:弁護士というと普通は法学部なのですが、私の場合はむしろ「勉強するための時間が作りやすい」ということを重視して学部を決めました。また、弁護士になったとき、少し変わった学部名を経歴に載せたいなと。(笑)
それで農学部という理系の学部を選びました。

宇賀:以前、学生時代の同級生が自分を頼ってくれたときに「弁護士冥利に尽きる」とおっしゃっていましたよね。

網野:弁護士になりたいきっかけがそうでしたので、今でもそのように思います。ただ、今では昔からの知り合いだけではなくて、仕事を通じて知り合った馬が合う経営者の方や、自分がいいなと思っている人の力になれたときにやり甲斐を感じますね。

宇賀:網野先生が「いいな」と思う人にはどのような特徴があるのでしょうか。

網野:私は、事業再生の案件をやっておりますので、特に経営者の方とお会いする機会が多いのですが、人とのつながりを大事にされている方や、社員や取引先を大事にされている方は、お話していて気持ちが良いですよね。そういう方は、従業員はもちろん、取引先や経営者仲間などいろいろな人に好かれていて、たくさんのお知り合いがいらっしゃることが見て取れます。人間的に魅力的なのでしょうね。

宇賀:そういう方でも倒産や再生といった、大変な状況に陥ることがあるのでしょうか。経営者の方の特徴と案件の性質には何か関係があるのですかね。

網野:会社が倒産や事業再生の局面に陥ることには様々な要因があるので、経営者の方の人柄と案件との間には必ずしも関連があるわけではないと思います。案件をご紹介いただく経緯は様々ですので一概には説明できませんが、残念ながら事業再生と倒産の分野には、原則としてリピーターはいません。(笑)そのため、ほとんどが紹介によるものですが、ご紹介を受けて経営者にお会いしたときに、信用できない方であれば受任をお断りすることもありますし、逆に「この人を何とか助けたい」と思うこともあります。

宇賀:人との繋がりでビジネスをする、所謂「信用商売」という点では、法律事務所とコンサルティング・ファームは共通していると感じます。

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~倒産や事業再生を多く手掛けている背景~

宇賀: 網野先生は倒産や事業再生を多く手掛けられていますが、どのような背景があるのでしょうか。

網野:まず、当事務所が事業再生を一つの得意分野としているということがあります。いくら自分がやりたいと言っても案件がなければ経験を積むことができないので。ただ、他にも様々な分野の案件がある中で自分が事業再生の案件に取組んでいるのは、実際にやってみて非常にやり甲斐があったということが大きいです。

事業再生の現場は、人間で言えば瀕死の状態です。平時ではないわけですよね。会社の中にある色んな問題が噴出し、尚且つ経営者の考え方も一番見えやすい場面だと思います。自分のお金を残したいのか、従業員を守りたいのか、事業を守りたいのか、取引先に迷惑をかけたくないのか。その中で何を一番に優先するのかは経営者により様々です。どれを優先するのが良い悪いという単純な話ではありませんが、そういうことが一番見える場面なのです。

そういった究極的な状況で依頼者である経営者の方の手助けができるということは、弁護士として非常にやり甲斐があります。経営者に寄り添って、最終的に会社または事業をどのように再生するのかということを一緒に考えるわけです。うまく再生することができればそれでいいのですが、それが駄目ならきちんと破産手続をしてお葬式をあげなければならない。言い方は適切ではないかもしれませんが、同じ死ぬにしても、きちんとお葬式をあげて火葬するのと、何もせずに死んでしまうのとでは、周りにかける迷惑が全然違います。

また、私が事業再生をやることになったもう一つの理由としては、私自身、「事業」というものに興味があるからです。弁護士はどこまでいっても代理人なので、当事者として事業をされている方に対する憧れがあるのだと思います。それを見ることができるのは、弁護士の仕事の中では事業再生になります。

宇賀:弊社でも「経営の縮図」を感じることがあります。以前、弊社の応募者が「ベンチャーを希望している」というので、理由を尋ねると「大企業ではそれぞれの専門が分かれているけど、ベンチャーは皆がありとあらゆることができなければいけない。人事の話が出てきたり、お金の話が出てきたりして、それに全部関わらなければいけないので、経営の縮図が見られる」と言っていて。

お客様で感じるのか、自社で感じるのかという違いはあるにせよ、感じることは同じなのかなと思います。

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宇賀:再生の場面に経営者の人柄は出るものなのでしょうか。

網野:人柄というか、その経営者の考え方が出やすいと思います。例えば、すべての債務を払うには到底お金が足りない状況で、取引先に払うのか、それとも従業員に払うのかという選択を迫られたときに、「とにかく従業員だけには払ってくれ」という経営者もいれば、逆に「従業員は覚悟してついてきてくれているが、取引先には迷惑をかけたくない」という経営者もいます。

仮に、従業員でもなく取引先でもなく、自分のことを優先したからといって、経営者として間違っているかというと、一概にそうとは言えないと思います。何を優先するのかは、その人の事業に対する考え方というか、生き様みたいなものなので。ただ、そういったことが色々と見える場面であることは確かです。

宇賀:それだけ切羽詰まった場面で、ありとあらゆるテーマが出てくると、通り一遍ではなく情を理解したアプローチも必要ですよね。すごく難しいんじゃないですか。

網野:まさにそうですね。弁護士である以上、法律に反するものではいけないし、やることは法律の理論で裏付けなければいけないのですが、結論から考えることも多くあります。交渉事も同じで、「法律的にこうです」という話をしても意味がない場面はいくらでもあって、結局は話の持っていき方や、相手の事情を理解したうえで、相手と信頼関係を築くことができないとうまくいかないですね。

宇賀:弁護士という資格や法律はあくまでもツールであって、最後は「網野先生」という個人で勝負をしているということですよね。

網野:個人で勝負できているかどうかはわかりませんが、法律はまさにツールで、「法律がこうだからこうしなければいけない」という話ばかりではありません。
まず、「価値判断としてどうするべきか」ということがあって、法律は後からついてくるというようなところも割とあります。特に交渉もの、紛争ものは法律だけの話をしてもうまくいかないケースが多いですよね。

宇賀:私たちもデューディリジェンスなどのときに、最初からお客様の本心が見えることがあります。
その場合は情理と論理のバランスをどう取るのか、論理を伝えるために情理をどのように理解するのか、それを間違えてしまうと「分かってはいるのだけど…」という話になってしまいます。

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宇賀:論理と情理を理解したアプローチというのは、事務所に入ってすぐにできるようになるものなのですか。

網野:もちろん、経験を積まないとなかなかできません。弁護士として「切った張った」の案件をある程度やらないと、身につかないことが多いと思います。偉そうに話をしておりますが、自分も精進しているところです。(笑)

大きな事務所だと担当する分野がはっきり別れていることが多いので、裁判をやらない弁護士もざらにいます。
交渉案件をやったことがない弁護士も多くいますし、デューディリジェンスしかやらない、契約書のワーディングしかやらない、金融商品の特殊なものを作るだけ、といった弁護士も多くいると思います。それはそれでスペシャリストなので悪いことではないのですが、やはり紛争ものをやらないと身に付かないことも多くあると思っております。
うちの事務所の強みの1つはそこにあります。すべての弁護士が紛争ものを非常に多く手掛ける事務所であり、「戦える弁護士」ばかりなので。(笑)

私は、契約書を作るにしても何をするにしても、どの場面を想定して仕事をすべきかと言ったら、生きている会社であれば一つは訴訟だと思っております。
最終的には訴訟で出た判決に従わなければいけないので、訴訟で勝てるか負けるかということは非常に重要な話になるのです。一方で、その会社が潰れて死んでしまうことも想定しなければいけません。

ですから、裁判の経験があったり、会社の倒産場面に携わったことがある方が、契約書のワーディングをやっていても、より血の通ったものができると思っております。うちの事務所は、お客様からもそんなふうに見て頂いていると思います。ありがたいことに「紛争ものについてはうちに頼む」というお客様も結構いらっしゃいますね。

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宇賀:事務所を大きくしていこうと思うと、クイックにできる案件を手掛けた方が良いという考え方もできると思います。紛争ものとなると明らかに手間がかかりますよね。そのあたりのジレンマはないですか。

網野:まず、弁護士の仕事として、多くの人数がいないとできない案件というのは限られています。例えば、当事務所で多く携わる案件で申し上げると、大きなデューディリジェンスで、期限がタイトなものについては、多くの人を投入する必要があります。あとは大きい倒産事件で、支社や店舗などの拠点が多くあるようなときは、それぞれの拠点に弁護士を投入しなくてはいけないので、人数が少ないとちょっと厳しいです。

それ以外の紛争や訴訟に関して言うと、必要な人員は2人から大きな案件であってもせいぜい5人です。弁護士の仕事で、一つの案件に多くの人数がいなければできないというものは意外に少ないのです。うちの事務所に関して言うと、懇意にしている他の事務所が同じビルに入っていて、大型の倒産事件など人手が必要なときは連携をしています。人手が必要になればそのような事務所と連係することは可能ですし、そういう意味では当事務所は大きくしようとは思ってないと思います。

採用活動などについても、少なくとも現時点では、いい人がいれば採る、いなければ採らないというスタンスでやっております。4人採用する年もあれば1人も採用しない年もあって、自然と増えていくという感じでしょうか。
事務所の規模を大きくすることを目的にして「多くの人を採用しよう」というのは一切ないですね。だから仕事と事務所の規模の関係でそれほどジレンマはないと思います。

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~倒産する企業や事業再生に陥る企業の特徴~

宇賀:倒産する企業にリピーターはいないとおっしゃっていましたが、そのような企業には癖のようなものがあるんじゃないかとも思います。
また、そこまでの状況を経験した経営者が、もう1回やり直しがきかないのだとすれば、それは社会としても問題があるようにも思うのですが…。

網野:まず、民事再生手続や私的整理については、経営者が続投する場合もありますので、必ずしも倒産した場合に経営者から外れるというわけではありません。極限状態を体験した経営者の方がよくおっしゃるのは「すごく勉強になった」と。「この勉強が役立つことは二度とないし、あってはならないのだけど」と。(笑)

倒産・再生に陥る企業の癖というのは、難しいですね。
そういった状況に陥るのは本当に様々な要因があるので、「こんな企業は潰れる」といった一般的なものはないような気がします。もちろん、その中には外的な要因も多くあります。特に言うまでもなく会社の経営は景気に大きく影響を受けますので、バブル崩壊やリーマンショックのようなことが起きたときに当然増えますし、為替の変動や政治的な要因により窮境に陥ることもあります。

宇賀:今のお話だと「外的な要因を踏まえた戦略が不十分だったのではないか」という見方や、「外的な要因を考慮できなかった経営者に問題があるのではないか」という見方もできるのかもしれないと思います。

網野:難しいですね…。確かに外的な要因に慎重に対処して、結果的に潰れなかった会社もたくさんあるわけです。一方で、例えばバブルのときに不動産が値上がりし続ける状況に対して、疑問を持つ方が難しいということも分かります。なかなか難しいですよね。ただ、生き残っている会社を見ていると、やっぱり慎重な経営者は色々と対応されているのだなと感じます。

宇賀:常に不測の事態に備えるというか、色々な引き出しを持つ方が、生存能力が高いということでしょうか。

網野:もちろんそういうところもありますが、事業を多角化して失敗している場合もありますので、これも一概には言えないです。でもやっぱり、事業に1つ強みがあるとそれをほしがる会社はあるので、生き残りやすいとは思います。その強みのある事業を削り出して生き残るという方向になりやすいです。逆に言うと、結局何をやっているのかよく分からない会社は、買う側も手が出しづらいだろうなと思います。

あとは、業態的に昨今どうしても存在意義を見出し難い、どんなに頑張っても時代的に難しいというのはありますよね。それは大きな流れの中で自然淘汰されているとも言えるので、経営者の能力の問題とはちょっと違うのかなとは思います。本当に色々なケースがあるので、一概には言いづらいですね。

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~阿部・井窪・片山法律事務所とCDIメディカルの共通点~

宇賀:先ほど、「戦える弁護士」というお話がありましたが、実は弊社代表の安島も「戦うコンサルタント」とよく言われます。喧嘩事があると喜んで突っ込んでいくというか。(笑) また、私たちも手前味噌ながら、お客様から「骨のあるコンサルティング・ファームだね」とか「一緒に汗をかいてくれるよね」と言われることがあります。そういう人の方がお客様は近くにいてほしいと思うものなのですかね。

網野:弁護士は、面倒なことをどうにかしてくれるところに存在意義があると思っているので、綺麗な仕事よりはむしろあえて「火中の栗を拾う」方が存在意義は強く出ると思います。あとは、第三者だからできることって結構多いですよね。

宇賀:外から色んな組織を見ていて、何の利害関係もないから言えることもありますよね。「第三者の立場だからこそ」というのはあると思います。お客様から「CDIメディカルさんのスタッフが欲しいですよ」と言って頂くこともあるんですが、実は中に入ってしまうと、外からやっているのと同じ付加価値はなかなか出しづらいですよね。コンサルタントを使うのが上手だなと思うお客様は、ご自身の考えは既に整理されていて、矛先を第三者であるコンサルタントに向けながら、ご自身が思う改革や改善活動を進めていくような場合ですね。

網野:弁護士も同じで、「弁護士がこう言っているから仕方がない」とか「弁護士がこんな無茶なこと言うから、申し訳ないけど聞いてくれ」とか。
「弁護士のせいで」とうまく使って、問題解決につなげてもらえればと思いますね。

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宇賀:そういった矛先を受け止めたり、企業の生死に関わる修羅場にいたりすると、凄くストレスが溜まるんじゃないですか。

網野:悪い意味ではなく、他人事なのでそれができるのだと思います。案件に対して手を抜いたり、いいかげんに考えるということではなく、客観的に冷静に対処するという意味です。お医者さんが「自分の身内の手術だとできない」とおっしゃると同じで、自分のことじゃないから冷静にできるのだと思います。皆さん、頭の中の大半を支配しているような悩み事を持って相談にお越しいただき、弁護士に任せることによりその重荷を下ろすということをされるわけです。その悩み事をそのまま自分のこととして受け止めて自分の頭の中に入れてしまうと大変です。

依頼者の気持ちを考えますけど、自分のことではなく他人事として取組みます。それはしっかり分けなくてはいけないのだと思います。昔に司法研修所の教官をしていただいた弁護士の先生から、「弁護士は依頼者に寄り添わなければいけないが、依頼者と同化してはいけない」という言葉を教わったことがありましたが、まさにそういうことだと思います。

宇賀:同化してお話を聞いていると、客観的な見方ができなくなってしまうので、寄り添いながらも敢えて一線を引いておくということはありますよね。もう1つ似ていると思ったのは、「組織を大きくしたいと思っていない」というところです。私たちも単純に人数を増やすというよりも、やっぱり個性豊かなメンバー、優秀なメンバーが揃っている方がいいと思っています。

網野:大きくしてはいけないわけではないですけど、大きくすることを目的にしようとは思っていないということです。「この人は!」という人に入って頂くうち、自然に増えていくというイメージなのだと思います。

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~「家族主義」による人材育成~

安島:我々のお客様の病院の院長、大学病院の理事長からよく聞かれるのが、「お医者さんのマネジメントが難しい」ということです。独立独歩で考えておられる方が多いのですが、それをきちんとマネージしないと病院が回らないので、評価を含めて色んな悩みがあります。
弁護士さんにも似たようなところがあると思うのですが、どんなことに気をつけてマネジメントされるのでしょうか。

網野:私は当事務所のマネジメントをする立場ではありませんが、当事務所では「家族主義」ということを謳っております。当事務所の創立者である阿部が「事務所というのはファミリーだ」と。だから互いに信頼関係を築き、良いときも悪いときも家族として助け合うのだという考えを掲げており、事務所一同その考え方を共有しております。
実際にそうした家族主義に共感する人がうちの事務所に入っていて、その理念が皆に沁み渡っています。
逆にそれが受け入れられない人はそもそも入って来ないので、うちの事務所は辞める人がすごく少ないですね。

こうした事務所としての理念がはっきりしていて、それが皆の頭の中に入っていてというのは、弁護士事務所としてはあまりないと思いますね。ただ、新しい人を選ぶときはものすごく大変で、本当に多くの人とかお会いして、結局1人も採らなかったという年もあります。

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安島:新卒を育てるのには時間がかかるじゃないですか。コンサルティング・ファームでは、新卒を中心にやるのか、中途を中心にやるのかという議論がよく起こるのですけど、中途の「即戦力」が魅力に見えたりしないのでしょうか。

網野:そうですね、幸いにも今まではお客様が足りなくて困るという状態はでなかったと思うので、お客様を持っている中途採用の弁護士が魅力的だという考え方は特にないと思います。

安島: ハードに鍛えたことで辞めてしまうような人は、そもそも採らないのでしょうか。

網野:怒鳴るとかそういう意味のハードではなくて、例えば、先輩の弁護士がプロジェクターで後輩の弁護士の作成したドラフトを映しながら、「これどういう意味で書いたのか」「こう書いた方がいいのではないか」とか確認しながら、一言一句直していくようなことはやります。

安島:それは先輩が大変ですね。

網野:そうです、先輩の弁護士が大変です。(笑)
ただ、それだけ時間と手間をかけてしっかり育ててくれるので、基礎的な力が身につくのだと思います。
すごく時間と手間がかかるので、本当は送ってもらったドラフトに修正履歴を入れて返すという方が簡単ですけど、あえてみっちりとやる機会を設けるのが当事務所の文化なのだと思います。

安島:うちでも「赤入れをする」と言って、私も真っ赤にされながら何度もやっていたのですが、逆の立場だと手間がかかるし、一所懸命赤を入れても若いスタッフに「同じじゃないですか」とか言われると、「馬鹿野郎」となったりして。(笑)

網野:そうですよね。(笑)やるようになると分かりますよね。
私も昔は時間をかけて作成したものを何回も突き返されながら、夜中1時とか2時まで何度もやり直させられて、「自分に恨みでもあるのか」とその当時は思うのですけど。(笑)
でも今になってみると「ありがたい」の一言ですね。先輩の弁護士にとってみれば自分で直して出した方がよっぽど早いわけですよ。それを何度も突き返してくれるというのは、本当に教育的観点以外の何物でもないですよね。
それができなくなってしまう規模や状況というのもあるのかもしれませんが、少なくともできるうちは自分もそうしていきたいと思っています。

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宇賀:最近、ふと「サークル的な組織」と「部活的な組織」について考えることがあるのですが、例えば、赤を入れられたり怒られたりしたときって、そのときは凄く辛いですが、後から考えてみると、「自分が成長したのってそこだよな」と。そういった感覚というのは実に部活的だなと思います。

一方、サークル的な組織では、そのときに皆で笑いながら「楽しければいいじゃん」みたいな。その場は楽しいかもしれないけど、どこまでロイヤリティがあるのか、本当の意味での力が付いているのかなと思います。
私はどちらかと言うと、部活派です。網野先生もそうだということも知っているのですけど(笑)

網野:当事務所は家族主義を前面に出していますが、それと同時に、家族主義とは「馴れ合いではない」ということを常々言っております。誰かが困ったときは助け合うし、案件の協力やノウハウの共有はするけれども、それは甘える関係とは違う。

安島:家族主義っていうのは、職員向けのメッセージなのでしょうか。

網野:一義的には当事務所のメンバーに向けたものだと思います。内部に対して、我々は家族なのだと。

安島:なるほど。ホームページにも掲載されておりますが、ホームページはお客様が見るじゃないですか。
お客様が家族主義って見て、どう反応するのかなと。

網野:家族主義は、うちの事務所を一本通している考え方なので、それを見て頂くというのは重要なことだと思います。当然、「お客様は家族です」とは言わないですが。(笑)

安島:それはないですよね。(笑)
お客様がそれを見たときに、それを理解して仕事をお願いするっていうことがあるのでしょうかね。

網野:それがいいという方もいれば、「変わったことを書いていますね」と言われることもあります。

安島:それがいいと思うお客様は、どんな感じの人なのですか。

網野:どうですかね。
仕事の部分で直接お客様に関わる部分ではないかもしれませんが、少なくとも、自分がお客様の立場であれば、弁護士同士がそれぞれ勝手にやっておりますという事務所よりは、事務所の弁護士同士が強固な信頼関係で結ばれておりますという事務所に頼みたいと思います。それを見て、いいなと思ってご依頼を頂けるというのはあるのではないかなと思います。

宇賀:そういう部分を何とか伝えたいなっていうのが、私たちのジレンマですね。

安島:私たちもお客様から長く可愛がって頂ける場合は、そういう組織の考え方を感じて頂いているところがあるような気がしています。

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(終)