【CDIメディカルEye 】医療分野への異業種企業の参入について(その1)

○ ポイント

・医療分野への異業種企業の参入は、自社技術の活用による成長分野での事業展開として魅力

・参入の前提として、医療市場の性質・特徴である規制、医師、技術革新の把握が重要

・参入後の事業の維持・拡大のため、「医師へのチャネル」と「参入領域での長期的な技術革新」が特に重要

・事業からの撤退となった際には、社内、供給先、監督官庁の各々に状況に応じた出口戦略が必要

今回から2回にわたり、「医療分野への異業種企業の参入について」解説してまいります。今回はその1として、「1.はじめに」と「2.参入後に事業を持続・成長させていくこと」についてです。

1.はじめに

少子高齢化、人口減少により国内全体の市場が伸び悩み、縮小していく中で、医療分野の市場は拡大しており、2010年以降、材料、部品、機器などの医療とは異業種からの医療分野への参入が増加しております。特に、電子機器メーカー、材料メーカーによる医療機器分野への参入は多く、大手の電子機器メーカーではほぼ医療機器関連分野を有している状態です。

これらは、既に有している技術を活用して、継続的な成長が期待できる医療分野を新たな事業の柱として自社のポートフォリオに組み込んでいきたいという背景があります。

このような異業種からの医療分野への参入のため戦略や方策、そして実例については既に多くの情報が出ております。一方、「参入に成功」=「事業の成功」とは限らず、参入後に事業を持続・成長させて、自社の持つポテンシャルを医療分野で生かし成長市場を獲得することにより、参入による果実を得ることができます。また、残念ながら事業の維持・発展が望めなくなった場合には、医療分野からの撤退を検討する必要が出てきます。

ここでは、医療分野における参入後の持続・成長のための重要事項、更に維持・発展が望めなくなった場合の撤退の出口戦略について、考えておくこと、気を付けておくことを携わった事例などから考察いたします。

対象とするケースについてですが、異業種からの医療分野への参入といっても、企業の規模や有する技術、参入する具体的な領域、参入する際に組む企業などにより様々な形態があります。そこで、自社の有する技術の活用(応用)の程度を一つの視点として、 (1) 自社技術をコアとして製品・サービス(以下、「製品等」)を提供する形態、 (2) 自社技術と他社の技術又は手段により製品等を提供する形態、 (3) 自社技術を製品の部品や部材、サービスの一部として提供する形態の大きく3つに分け、自社技術の活用が高い(1)と(2)の形態で参入したケースについて対象にいたします。

また、医療分野での事業ですので、医療の市場としての性質や特徴を捉えておく必要があります。医療分野は特殊であるとよく言われますが、以下のような特徴があることを確認しておきます。

第一に、医療が人の生命・健康という代替性のないものを扱っているので、有効性・安全性とともに医療へのアクセスの平等化が望まれるため、医療を提供する場所、医療の質、医療の価格について均等化が進められ、規制の強い制度や政策が取られます。具体的には、地域ごとの病床の種類・数を定める医療計画、基準による医療機関の許認可、医薬品・医療機器等の許認可、ガイドライン等による診療、医療価格を設定する医療保険などにより、場所、質、価格の制度が構築されています。これらは、製品等の質や安全性、販売、収益に大きな影響を与えます。

第二に、患者への医療は医師により提供されますが、知識、技術の専門性の高さ、身体の診断、治療という責任の大きさから、医師が強い権限を有し責任を負っています。これは、製品等の選択やニーズに大きな影響を与えます。

第三に、医療は生物、化学、物理といった基礎学問にゲノム、素材、通信、機械、原子などの専門技術も応用される幅広い科学技術の上に成り立っているので、それらの研究や技術の進歩に強く影響を受けます。

このような医療の性質や特徴から、医療分野の市場は、規制と医師というものを常に意識しながら、技術革新を進めて製品等を提供する市場であるといえます。

2.参入後に事業を持続・成長させていくこと

医療分野へ自社の事業を参入させたことで、自社または自社と共同事業者の製品等が病院や患者に利用され始めます。開始した自社の事業の参入した医療分野の領域でのシェア拡大、継続的に事業を成長させていたくために、二つの重要な事項「医師へのチャネル」と「参入領域での長期的な技術革新」に着目いたします。

「医師へのチャネル」について

参入した医療領域が新規や成長期の領域ならば、シェア確保が安定した成長に欠かすことができませんし、既存領域に後発参入したならば、シェア拡大を図らなければ存続が困難です。そのためには、製品等の選択に強い権限を有する医師とのチャネルが必要不可欠です。

ここで、この場合の医師とは、特に自社の提供する医療製品・サービスを利用する診療領域における決定権を持つ、発信力があるなどのKOL的な存在の医師(大学医学部の臨床の医局の教授クラス、大病院の診療部長以上の幹部医師など)を意味します。医師の世界では、高い専門性ゆえに診療領域の細分化や知識の高度化が進み、高い技術・技能が求められるために師事関係が強固です。そのため、教育・研究機関である大学の医局や学術機関である学会が強い影響力を持っており、臨床現場の医師は、自己が所属又は関係する医局や学会の指導やガイドラインなどの方針を基に製品等を選択する傾向があります。医局や学会で中心的に活動される医師へのチャネルを通じて、臨床現場における自社製品等の評価、ニーズ情報の獲得、その影響力により自社製品等の優位性の広報、共同開発をすることによる製品等の向上が得られるなど、事業の維持、成長に大きく寄与します。

携わった事例からの成功例として、画像解析技術を用いた診断用の医療機器において、医師とのチャネルを通じて専門医との公的研究資金による共同研究の機会を得て、当該医療機器の「効果」(薬機法上の承認事項)の追加に成功しシェア拡大ができた事例があります。特に、大学の研究者である医師によりAMEDなどの公的研究資金の助成を受けて研究ができたため、コスト面でも有利に製品開発を進めることができました。

一方、失敗例として、医療機器の製造に参入したが医師とのチャネルが滞ってしまい、シェアの拡大ができず、また製品開発でも先行できなかった事例があります。これは、製品の販売を代理店に任せとしたため医療機関(医師)との関係が疎遠になってしまったこと、参入時の製品開発もCRO任せであったため、製品開発に携わった医師という貴重なチャネルも途切れてしまったことが原因としてありました。製造メーカーとしては、多数の特許など高い技術を持っておりながら、診療における製品のニーズ、医療技術への変化の生の声をしっかり得てこなかった残念な事例です。

「参入領域での長期的な技術革新」について

異業種から医療分野への参入の最も有利かつ魅力的なことは、自社の既存技術を活用することができることです。目的の医療領域で最新となる製品やサービスを開発して参入するのが通常ですので、自社の技術はその参入時に最も適合した技術となります。どの分野であっても技術は進歩していきますが、特に医療は発見著しい生物科学領域であり、通信、画像など発展著しい技術が応用されるため、技術革新が著しい分野です。また、製品の品質や安全性などの基準も技術の進歩に合わせて頻繁に改訂されます。

そのため、参入時には最新技術であった製品等が、数年もすると陳腐化や販売価格が著しく低下してしまったりします。この対策には、常に、医療のニーズに適合した製品の改良・開発が欠かせないのですが、その際には、参入以前に参入領域での長期的な技術革新を十分に見通しておく必要があります。参入時には、自社の既存技術の活用で最新の製品等が開発できたとしても、5年、10年後には技術革新により、もはや自社が得意とする技術とは異なる領域の技術が製品開発に求められて来る可能性が高いのです。例えば、素材を用いた医療機器において、参入時にはその素材が化学成分であったが、その後、アミノ酸やタンパク質の成分が主流となり、将来的には細胞へと応用されていく場合があります。この場合、参入時の当該化学成分に強い既存技術があれば参入は容易であっても、その後の成分の変化には得意の技術は活用できず、企業全体としての技術開発のシナジーを生まないものとなります。新たな技術、製品の開発を自社で進めていくとすれば、人材の確保、育成から必要となり、そのコストは参入当初の魅力を失わせることとなるでしょう。

このように、「参入領域での長期的な技術革新」は、異業種から医療分野へと参入する際、そして参入後のために十分に検討しておかなければならない事項です。

次回、「医療分野への異業種企業の参入について(その2)」へと続きます。

文責:岡野内 徳弥

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岡野内 徳弥(株式会社CDIメディカル マネージングコンサルタント)

静岡県立大学大学院薬学研究科修了、桐蔭横浜大学法科大学院修了、マサチューセッツ大学ローウェル校ビジネススクール修了。博士(薬学)、法務博士、MBA(経営管理学修士)

厚生労働省、独立行政法人国立病院機構、独立行政法人医薬品医療機器総合機構、国立医薬品食品衛生研究所、環境省、法務省、神奈川県を経て、現在に至る。